しっかり生きよう![完全版]

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僕はおばあちゃん子です。(あえて「私」ではなく「僕」、「祖母」ではなく「おばあちゃん」と書きます)

僕が小さい頃はおばあちゃんが家に来るとなると、ベランダから父親の双眼鏡でおばあちゃんが来る方を眺めて、見えたらすぐに家を飛び出しおばあちゃんに駆け寄っていました。おばあちゃんの里芋の料理がおいしくて、リクエストして料理をしているときにずっと見ていました。
そんなおばあちゃんが今年の4月26日(日)に亡くなりました。

ここ数年認知症気味になり、今年に入り、こけて頭を打ち、脳に後遺症が残り入院生活が続いていました。
そして、4月17日(金)に病院から「ご飯も食べなくなってきたので、そろそろご家族は会いに来ておいた方が良いかもしれない」と連絡があったらしく、母と姉は1週間後の24(金)にお見舞いに行くことになっていました。
僕はその日時は仕事の都合がつかず、先行して21日(火)の仕事前に1人で滋賀にお見舞いに行くことにしました。

僕が誰かもわからないと思うので1人で話しかけることになるだろうと覚悟のうえでした。
「ご飯食べて元気になってね」など元気づけようと思い病室に入ったところ、おばあちゃんは寝ていました。
表情が苦しそうで悪い夢でも見ているのかと心配になりながら見ていると、起きたのかな?という反応をしました。
でもその起きているであろうおばあちゃんはさっき以上に苦しそうにしていました。
そんな寝ているか起きているかはっきりしない常に苦しそうな状態をみて、僕は「元気になって長生きしてね」なんて決して言えなくなりました。

僕とおばあちゃんの恒例行事が「おばあちゃんにエネルギーを送り込むのをイメージして別れ際に両手で握手をする」というもので、1年前に会ったときもしていました。
その日も苦しそうなおばあちゃんの手を握ると、予想に反しておばあちゃんは僕の手を激しく振り回して振り払いました。
僕が来ているという認識もなく、反射的な反応なのかもしれません。

そして僕は帰りの電車に乗り込むと、右手がすごくジンジンしているように感じました。
何だろうと考えると、おばあちゃんと握手をしたからかもしれないなと思い至りました。
もちろんおばあちゃんは僕の手が痛くなるほどの力で握ったわけではないので、僕はいつもと逆で、苦しみながらもおばあちゃんが僕にエネルギーをくれたのではないかと解釈しました。

あの時のおばあちゃんは何かを言いたかったのかもしれない。元気になってやりたいことがあったのかもしれない。そのようなことも頭の中で整理できなかったのかもしれない。
一方で、僕はやろうと思えば自分の思い通りに何でもできる。そんな何でも自分の思い通りにできるようなかけがえのない時間を大事に過ごしているのだろうか?
スマホの画面をスライドをして多くの時間を過ごすような生き方をしてはいけないなと強く思いました。

そして、僕がお見舞いに行った5日後、母と姉がお見舞いに行った2日後におばあちゃんは亡くなりました。
この文を書いているとき僕は何度か涙を流していますが、不思議なことに悲しくて泣いているのかというと、それももちろんあると思いますが、それ以外のものも混ざっているのです。
「おばあちゃんと長く一緒にいれて良かった」「おばあちゃんがあの苦しみから解放されて良かった」という感謝にも似た感情も混ざった不思議な涙です。

正直なところ、以前の僕なら仕事もできないくらいの精神状態になっていたと思います。でも、今の僕は無理して元気にふるまっているわけでもなく、心の底から明るい状態です。
そういられているのは、僕の3つの習慣が原因だと思います。

①先延ばしにしない生き方をしていた。②後悔のないように常にやり切るようにしていた。③物事に対する良い解釈の仕方を身につけていた。

お見舞いを先送りにせずに早めに行ったから、生きているおばあちゃんに会えた。毎年おばあちゃんに会いに行っていたから、「もっと会っておけばよかった」という後悔が残らなかった。お見舞いのときのおばあちゃんは見ていてつらかったけど、その姿を見たから「おばあちゃんは安らかな旅に出られて良かった」と肯定的に捉えることができたのです。

この「先延ばしにしない」「後悔の残らないようにやり切る」「良い解釈の仕方を身につける」というのは勉強を通しても身につけられるし、勉強で良い結果を出すためにも大切なものであり、さらに言うと人生にも大きく役立つものだと僕は考えます。

生徒達もいつか大きな悲しみや苦しみと遭遇することがあるかもしれません。そんなときに「桜塾で学んで身につけた習慣や思考力のおかげで、乗り越えることができた」となれるような存在に桜塾はなりたい。改めてそう思うことができました。

それは、あの日何も言えなかったおばあちゃんが、最後に教えてくれたことです。(他にもいろいろな気付きがあったので、またブログの方に書くかもしれません)

ありがとう、おばあちゃん!


塾長 奥山